竣工後しばらくは、この三世帯住宅の一部が私の寝ぐらになっていた。この部分は今は亡き父が、輸出入業を営んで外国人との交際も広かった関係で、夫婦の客を泊めることを予定していたゲストールームでバスールームとキチネットが付属し、ホテルのセミースイートのような造りだったから、独り者にはなかなか快適であったし、長男ではあるが、大学院生の身としては当分結婚するつもりもなかった当時の私は、自分が住む家はいずれ家庭を持ったときに別棟としてゆっくり設計するつもりで、その楽しみをとっておいたのである。
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やがて私も結婚し、すぐに長男が生まれると、そのゲストールームも手狭となり、いよいよ自邸を設計しなければならなくなった。この頃はすでに自分の事務所を開いていて、どうしてもひと様からいただくお仕事、が優先するので、妻にせきたてられながらもかなりグズグズ設計していて、竣工したのは主屋に遅れること七年の一九七六年だった。それまでに危なっかしい伝い歩きを始めていた長男は、私が大切にしていたキャンティの首長の超特大瓶を倒して割った。これは今でも惜しくて、成長した息子をからかう種にしているが、家があまりにも狭かったせいでもあるし、同じ理由で本人も窓辺から転落して前歯を折るという被害を蒙っているから、ま、仕方ないか。「紺屋の白袴」的状況を別としても、この家の設計には時間がかかった。これは自邸だからとくに凝ったということではない。細部の納まりなどは、自分の家だからこそかえって気楽に処理している。それでも時間がかかったのは、条件で外形が厳しく制約されているからだ。私は通常、部分を寄せ集め、その集まりを調整しているうちに、全体の形が整ってくるような手法で設計を進めるのだが、この家の場合は、決まった外枠の中を「いかに仕切るか」を考えるしかない。もっともこれは難しいクイズを解くようなもので、しかも妻の催促をやり過ごしさえすれば締切は厳しくないから、あれこれとスケッチを繰り返すのを楽しんだことも確かである。