戦後、木材の需要が急速に高まるにしたがって、相対形式では商売の効率が悪くなってきた。そこで、戦前に大阪で始まっていた材木の市売りが昭和30年には全国的に広まり、いたる所に原木市場ができた。この時、西川地方にもかなりの数の原木市場ができたという。この原木市場の出現で、木材取引はさらに増え、建築ブームが起きた。飯能の駅前も、バブルがはじける前までは、大きな材木屋が軒を並べ、材木の町として活況を呈していたという。
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だがその後、安価な外材が大量に輸入されるようになり、国産材は徐々に流通から姿を消し始めた。現在では、国産材は、年間1億1000立方メートルと言われている日本の木材消費量の約2割に満たないところまで落ち込んでしまった。商社やメーカーが海外から外材を直輸入するようになり、国産材のセリの扱い量も激減すると同時に、セリを行う原木市場も衰退の運命を辿ってきた。