地頭制を採用

2011.11.18

封建的土地所有、次に荘園時代から鎌倉時代にかけて、土地の所有関係はどのように変化していったかをみてみよう。大化の改新によって班田収授か行なわれた時代においで、土地は公民に分配され、所有権は配分された公民にあったようである。彼らは強大で裕福な階級によって、土地を兼併されて崩壊していき、兼併した側に所有権があったとみられる。ついで鎌倉の封建制の確立で、荘園制は崩壊していった。幕府は地頭制を採用し、従来の荘園制にかわって、貢租の取立て、または管理を行なうようになった。

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一方領主が幕府によって認められたが、必ずしも領土全体を完全に所有するというのでなく、領主に封ぜられた石高取立ての権利をゆだねられたものであり、農民にしても、領主に対する年貢を納付し、残米で自分と家族の生活を維持し農業再生産を可能にするという意味で、耕作権を認められていたにすぎなかった。このような封建制度は徳川時代に至ってますます明確になり、徳川末期における土地所有の関係は、すべて平民徴収を媒体とし、大名は幕府への義務を果たせばよく、農民は農民で自己の貢租奉納の義務と生活が安穏に果たせればよかった。前者の形態を領主的土抽所有、後者を農民的土地所有といっている。





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